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Gear & Tech

“PAF”という用語は、ヴィンテージ・スタイルのハムバッカーの分野において、もはや一般的になっています。ところが正確を期すと、“PAF”とは、61年前にギブソンのエレクトリックギターで最初に搭載された特定のピックアップのことを指します。その登場以来、最も崇拝され、かつて作られたピックアップの中で最も評価の高いピックアップがPAFなのです。

1955年、ギブソン社社長のテッド・マッカーティは、セス・ラヴァーやウォルター・フラーらのエンジニアー達に強く働きかけ、ハムキャンセリング機能を持つピックアップの開発へと進んでいきました。セス・ラヴァーによる特許出願は、実際に同年の6月22日になされています。アレンジの加えられたPAFの初期バージョンにあたるピックアップが、1956年時点でギブソン・ラップ・スチールギターに搭載されていましたが、ゴールドトップ・モデルやレスポール・カスタム・モデルに搭載され華々しいデビューを飾ることになる1957年まで、PAFがスタンダードなエレクトリックギターに搭載されることはありませんでした。当時、これらのハムバッカーの裏側には、“Patent Applied For” (特許出願中の意味、程なくギタリストからは省略して“PAF”と呼ばれた)と書かれたデカールが貼られており、それはおそらく、PAFを模倣しようとする他メーカーを追い払う意図があってのことでした。1959年7月28日に特許が付与された後でさえも、依然としてギブソン社は、1961年の暮れか62年初に新しい“Patent No 2,737,842”が使用されるようになるまで、“Patent Applied For”と書かれたステッカーを使用し続けました。これは冗談のような話なのですが、その新しいステッカーに書かれた特許番号は、実際には、50年代初期のギブソンのブリッジのデザインへのパテント番号だったのです。59年に付与された、ハムバッキング・ピックアップへの特許に実際に紐付けられた特許番号ではなかったのです。

 

1959 PAF

しかしながら、これら初期のハムバッカーについて最も重要な点は、裏面に貼られたステッカーではなく、むしろピックアップの中身の方です。ここで少し、伝説的なPAFを理想的なピックアップたらしめる、いくつかの構成要素を見てみましょう。そして、ギタープレイヤー達から熱い要望のあるヴィンテージトーンやフィーリングを再現するため、ギブソン社が近年に成し得たことにも注目してみましょう。

先ず最初に注目すべきことは、セス・ラヴァーは、ハムバッカー登場以前から存在していて、既にあらゆるモデルに搭載されていたシングルコイルのギブソンP90のサウンドに関して、いたく気に入っていたようだ、ということです。加えて、新たなハムキャンセリングの設計時に使用されたPAFの内部の構成要素について、P90で使われていたパーツとまったく同じである、ということです。PAFを形作る要素の中に、約10,000ターン分の42 AWGワイヤーやアル二コ素材のバーマグネットが含まれていますが、PAFはP90のようなシングルコイルではなく、2個のコイルを持つデザインになるよう改良されました。PAFが2個のコイルを持つように改良されることで、音信号におけるハムノイズが減少し、トーン全般に影響をもたらすという違いはあるにしても、現存する状態の良いPAFは、当時の同時期に製造されたP90と似たトーンの傾向があると言えます。

セス・ラヴァーとウォルター・フラーが新たに考案したことは、2個のコイルを互いに逆位相で巻き上げ、磁石の極性が互いに反対になるようにし、それぞれ隣どうしで配置し、直列配線したということです。この設計により、電気器具が近くにあるときにシングルコイルが拾ってしまうようなハムノイズを遮断できるようになりました。その一方、より幅広な磁石の領域が生まれることで、ウォ-ムで懐の大きいサウンドがもたらされました。最初のオリジナルPAFの時点で、ギブソンのハムバッカーは表現力豊かでクリアなサウンドに優れ、説得力のある噛み付くような、エッジが立ったトーンが特徴的でした。そのサウンドは、豊かな倍音成分の恩恵によりギターにもたらされた、きめ細かな極上のトーン、と評されたり、音程感を保ちつつ魅惑的な演奏表現を可能にするコンプレッション感、などと言い表されています。これらのピックアップがどのように作られたかということについて、以下に挙げる数点の要素が、PAFのサウンド特性に大きな影響を与えたと考えられています。

 

1959 PAF

  • 不均一に巻かれたコイル: 50年代後半、60年代初期にカラマズー工場でギブソン社が使用していたワインディングマシーン(ピックアップのコイルを巻きつける機械)は、完璧な機械とは言い難いものでした。当時は、ピックアップのコイルを、ある意味不均一な状態で巻いていました。(現代において各社は、その再現のため、“scatter wound”と呼ばれる手巻きのような不均一さを伴う方法を取り入れています)但し、そのことが、一定の倍音成分を伴うトーンの風合いや活きの良さ、厚みのある噛み付く感じのトーンの実現に貢献していたのです。
  • 不規則にマッチングされたコイル:上記の点に加え、各コイルは、それぞれ個体差のある状態で巻かれていました。巻き方においても、巻かれたワイヤーの総量においても、両方においてです。僅かにミスマッチした状態の2個のコイルを組み合わせることで、PAFサウンドを定義付ける歯切れのよさや鮮やかさに加え、より一層、豊かな複雑性を帯びた倍音が得られると考えられています。

  • ワックス含浸しない: 当時のPAFピックアップのコイルは、ワックス含浸されていない状態でした。(ワックス含浸とは、ピックアップを熱いワックスやパラフィンの中に浸し、巻きつけられたコイルの隙間を塞ぐことで、不要なハウリング・ノイズ成分をカットする処理です)ワックス含浸しないことで、コイルに起因するノイズ成分が僅かに残ることになりますが、PAFの真髄である生々しい、倍音成分豊かな極上のトーンの実現には欠かせない製造法と考えられています。

1960 PAF

全てを整理してみましょう。初期のPAFに使われていた、磨きこまれていない、長さ2.5インチのアル二コ・マグネットと他の構成要素である金属部品の正確な組み付け、そして前述の3点の構成要素を掛け合わせれば、かつてデザインされたピックアップの中で最も表現力豊かだと一般的に考えられるピックアップになる、ということです。ところが、これらのハムバッカーの当時の製造上のプロセスは、一切変えようがないという一貫性ある状態からは程遠かったのです。複数個のオリジナルのPAFを並べて検証してみると、たいていは顕著に異なる結果やデータに出くわすことになります。

前述したように、不規則なコイルの巻き方は、明らかに個体差を生む根源となっています。アル二コII、III、Vのいずれかがその場その場でランダムに使用されていたことも、同様に個体差の一因です。コイルワイヤーの巻かれたターン数も個体により開きがありました。それにより、ヴィンテージPAFの直流抵抗値は、個体により6kオーム後半や7kオーム前半あたりから8kオーム中盤から後半あたりまでの開きがあると考えられています。サウンド的には、抵抗値が低いほど、ブライトでクリアーで歯切れが良い傾向となり、抵抗値が高いほど、ファットで分厚く、パワー感が強くなる傾向があります。もちろん、実際には、直流抵抗値の値だけを見るよりも、実際にプレイしてみてPAFのサウンドと出力を確かめることが重要になります。

1961年にギブソンは、磨きこまれた、僅かに短い(2 3/8インチ)アル二コマグネットの使用を開始しました。一方、噂によれば(100%確証があるとは言えませんが)、アル二コVのマグネットと巻かれるワイヤー量の2点において、より一貫性が確保されるようになっていったようです。それにより、約7.5kオームの直流抵抗値をターゲットとするようになったようです。とは言え、個体差のある状況は続いていました。これらの後期PAFは、1962年頃のパテント番号が記載されたピックアップ(ステッカーの違い以外、仕様内容は変わらない)も含め、それでもなお、1個1個が違った響きとなっていることでしょう。もちろん生産現場内において、初期のPAFの頃よりも、一層の一貫性が重視される環境下でしたが。1963年以降、ギブソン社はワイヤーの銘柄を変更しました。そして、ハムバッカー製作時における様々な生産要素の変更を開始しました。そのような経過を辿り、PAFの製造期は終焉を告げました。

オリジナルのPAFは、実用性においても金銭的な意味においても、非常に高い価値を有しているということを考えると(コンディションの良い正真正銘のPAFを1組手に入れようと思えば、銀行へ直行し最低$5,000は引き出さなければなりません)、多くのピックアップメーカーが長年にわたり、オリジナルPAF期の製法を再現しようとしのぎを削っている現在の状況は、驚きではありません。

 

1960 PAF

ギブソン社はこのところずっと、ヴィンテージ期の仕様、素材、そして当時の製造工程に回帰するべく、その研究の最前線に立ち続けています。その惜しみない努力の成果は、今日製品として採用されている非常に優れた2機種の“PAFの複製品”の開発にみてとれます。ギブソン・カスタム・ショップによるカスタム・バッカー、ギブソン・メンフィス工場によるメンフィス・ヒストリック・スペック(MHS)ハムバッカーの両方において、前述した必須となる製法が踏襲されています。ワックス含浸されていない、不均一に巻かれ不規則にマッチングされたコイルが使われ、現在において可能な限りヴィンテージPAFのトーンに肉迫しようとする試みが続けられています。バースト・バッカー、バースト・バッカー・プロ、57クラシックなど、他のギブソンピックアップにおいても、ヴィンテージPAFの研究から得られた成果が注入され、ヴィンテージギブソンを彷彿とさせるトーンと現代のプレイヤーに求められるモダンな演奏性とサウンド特性の融合が図られています。

 

Photos: Dave Hunter