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ギタリストという人種は自分のお気に入りのギターとともに、当たり前のように始終寝食を共にすることで知られています。そのため、プレイヤー達がそれぞれのお気に入りの1本に愛情溢れるニックネームをつけることはさほど驚くべきことではありません。以下では、その歴史的重要性において疑う余地もない、10本のニックネームを与えられたギブソンギターをご紹介いたします。

“Old Black” (Neil Young)

この黒くペイントが施された1953 Les Paulゴールドトップは、ニール・ヤングの一番のお気に入りのギターでした。ヤングの友人であるジム・メッシ-ナとの交換により1969年に入手した“Old Black(オールド・ブラック)”は、ヤングの活動期をとおしてかなり多くのモディファイがなされてきました。ブリッジ寄りのポジションにファイアバードのミニハムバッカーが増設され、(1953年の本ギターの生産時には存在していなかった)チューン・オー・マチック・ブリッジが後付けされ、アルミニウムによるピックガードが取り付けられました。そのギターの全盛期のサウンドをお楽しみいただくには、ニール・ヤングの1974年のアルバム”Zuma”か、1991年のLP盤(Arc)をチェックしてみてください。

“Pearly Gates” (Billy Gibbons)

ビリー・ギボンズの1959 Les Paul Standard sunburst以上にZZ Topと縁のあるギターは存在しないでしょう。ギボンズはそのギターを1969年にテキサス州ヒューストンの農夫から250ドルで購入しました。その購入資金は、パーリー・ゲイツとして親しまれていた旧式のパッカード車を換金することで用だてられました。その自然な流れのままギボンズは、そのパーリー・ゲイツという名を自分のギターに付けたのです。

“Lucille” (B.B. King)

事実上すべてのB.B. キングのギターについて、それがES-335であろうが345であろうが355であろうが、B.B.本人により“ルシール”と名づけられていました。その呼称の由来は1949年まで遡ります。一人の女性を巡って喧嘩していたふたりの男によって放たれた火事からキングは何とか彼の愛しのギブソンギターを救い出したのですが、その女性の名前がたまたまルシールだったのです。“たくさんのギターを所有してきましたよ... 私はいつだってそれらどのギターをもルシールと呼んできたんだ”と、1968年のアルバム”Lucille”のライナーノートでキングは語りこう続けました。“ルシールは私のキャリアを長い間支えてくれてきたし、私に名声までもたらしてくれたんだ。ルシールのおかげで私は生きてこれたし食べてこれたんだ。ルシールは実際に2-3回ほど私の命を救ってくれたこともあるんだ”

“Lucy” (Albert King)

このアイコン的存在の1958 Flying Vは、今回ご紹介するリストの中で“Lucy”の名を持つ2本のギターのうちの1本ということになるのですが、ブルーズ・レジェンドのアルバート・キングとともに常に登場する相棒でした。左利きのキングは、大切にしている“Lucy”をひっくり返して(右用のギターを左用として使う)プレイしていました。活動後期にキングはカスタムメイドの左利き用のフライングVをメインギターとするようになりました。それにも関わらず、彼は弦の張る順を逆にすることを続け(右利き用のギターの弦の張り方を実践し左に持ち替えて弾くというスタイル)、今まで馴染んできたやり方でプレイし続けました。

“Old Faithful” (Bob Marley)

この美しいマホガニーボディのレスポール・スペシャルは1970年代のボブ・マーリーの愛器でした。改造点は、アルミニウムのピックガード、スリーウェイのセレクタースイッチに装着されたアルミニウムのスイッチワッシャーなどでした。ギブソン社は、2002年にそのボブの愛器のレプリカをリミテッドエディションとして丹精込めて製作しました。2009年のギブソン社とのインタビュー時のことです。マーリーの息子であるステファンによれば、父であるボブ・マーリーは愛情を込めてそのギターを“Old Faithful”と名づけていたことを明かされました。

“The Fool” (Eric Clapton/Todd Rundgren)

この1964年製のGibson SGはエリック・クラプトンのため、このギターに付けられた名前を冠するオランダのデザイナー集団のメンバーによってペイントされました。クラプトンは1967年のクリームの初の米国公演でそのギターを初お目見えさせ、クリームのレコーディングにおいても引き続き定期的に使い続けました。このギターにすっかり心を奪われたトッド・ラングレンは1970年代の初頭に“The Fool”を入手し、2002年のオークションで売却してしまうまで広範にわたってこのギターを弾き続けました。“The Fool”は60年代のサイケデリック期の主要なシンボルであり続けています。

 

“Lucy” (George Harrison)

女性コメディアンのLucille Ballはジョージ・ハリスンに1957 Les Paul Goldtopを“Lucy”と名づけるよう働きかけました。1960年代の中盤、そのギターの当時のオーナーであったリック・デリンジャーがギブソン社に依頼したことは、当時のSGに吹かれていた明るめの色調のレッドカラーにリフィ二ッシュすることでした。同年、そのギターはエリック・クラプトンの手に渡り、その次にハリソンの手に渡りました。おそらくルーシーが最も人目に触れる瞬間が訪れたのは、ハリソンの楽曲“While My Guitar Gently Weeps”にクラプトンがゲストとしてこのギターを持って客演した時のことでしょう。

“The Grail” (Zakk Wilde)

ザック・ワイルドは1987年に1981年製のレスポール・スタンダードを入手しました。ちょうどオジー・オズボーンとチームを組んだ直後のことです。ランディ・ローズへの敬意を払いつつ、ザックは特別な塗装を施すよう要望しました。そのギターのもとのフィニッシュであるブロンド(クリーム)カラーは前任のギタリストであるランディを連想させるのに十分過ぎると感じていたからです。“bull’s-eye(ブルズアイ)”のデカールは元々はザックのリクエストにはありませんでした。ザックはもともと、アルフレッド・ヒッチコック監督の映画“Vertigo”のデザインをリクエストしていたのですが、最終的にはザックは“bull’s-eye(ブルズアイ)”のデザインをいたく気にいったのです。“本当に素晴らしいギターだよ”と、ザックは2017年にPremier Guitar誌に語りました。

“Magic” (Peter Green, Gary Moore)

この1959年製のレスポール・スタンダードは長きにわたり、他のギターとは明らかに異なるその温かでトレブリーなトーン特性により、神秘的な価値を帯びていると考えられてきました。一致した見解によれば、その類稀なトーン特性の一部は片方のピックアップが誤って逆向きに取り付けられていた事情によるとの見方でした。ピーター・グリーンはジョン・メイオールのブルース・ブレイカーズ在籍時にそのギターをプレイし、その後フリート・ウッドマック時代を通して使い続けました。グリーンはその後、ゲイリー・ムーアにそのギターを手渡し、ゲイリーは30年間以上もの間そのギターを弾き続けました。そのギターの現在のラッキーなオーナーは、メタリカのカーク・ハメットです。

“The Log” (Les Paul)

偉大なるレス・ポール氏が1940年頃にあり合わせの材料でソリッドボディのギターを作り出した時、彼はまだ26歳の若さでした。当時のホローボディ(中空構造のボディ)によるギターはアンプによる増幅時に音が歪んでしまいがちであったため、彼は納得がいきませんでした。この偉大なる伝説のイノヴェイターは最初、焼き石膏でギターの中空となっている箇所を埋め尽くそうとしてみました。その努力は全くの無益と判明しました。しかし、レス氏がパイン材のブロックをテイルピースや2基のピックアップやネックに取り付けてみたところ、彼は貴重な大発見をすることとなりました。今日、“The Log(ザ・ログ)”はあらゆるエレクトリックギターメーカーにとっての原点だと広く知れ渡っています。